2013年11月24日

あまりぼっち 舞城王太郎 キミトピア(新潮2012年4月号別冊『Story Power 2012』)/新潮社

あまりぼっち
舞城王太郎
キミトピア YOUTOPIA(新潮2012年4月号別冊『Story Power 2012』)/新潮社

嫌になったとかでもなく困難になったとか面倒になったとかでもないんです。ただ、普段通り通勤しようとして朝駅に来て、目の前の電車に乗る意味が判らなくなっちゃって、で、ゼロにして一度考えてみようと思ったのかな?いや特に何も考えてなかった気がするけど、とにかく次の日かその次の日かな?気がついたら簡単に書いた辞表を提出してました。

もしも、玄関のチャイムを鳴らす訪問者が、昨日の「自分」だったら?

主人公の網田和泉(あみだ いずみ)は家族に相談無く新年早々に仕事を辞めて、大した喧嘩もないままその月のうちに妻(杵真 きねま)と娘(夏緒 かお)が家を出てしまいます。独り気ままな生活を過ごす主人公。春が来て、4月3日火曜日の午後1時過ぎ、突然の訪問者。マンションのドアの外には自分とそっくりな人物が立っていました。

ドッペルゲンガ―?

生霊?心霊現象?その自分にそっくりな人物は『俺は昨日のお前』で、しかも、昨日の午後4時45分から今日の午前9時半までの16時間40分の記憶が無いと言います。
昨日の俺?

記憶喪失とか?タイムスリップとか?なんだそれ!?

完全に分離していて、今日の自分につながっていない昨日の≪僕≫。今日の自分と昨日の≪僕≫は同時に存在しているけど、昨日の≪僕≫が誕生して(目覚めて)からの記憶と行動は全くの別々で、昨日の≪僕≫が存在できる時間には限りがあるらしい。
と、それから毎日、昨日の≪僕≫が今日の僕を訪ねてくるようになって・・・

お前、自分以外の人間について、あんまり関心ないだろ。

主人公と別居を決めた妻(杵真 きねま)の気持ち、少しわかるかも。
主人公が突然仕事を辞めたから、妻は子供をつれて家を出て行ったわけではないと思う。もちろん、主人公の夫が突然仕事を辞めたから、妻は子供をつれて家を出たんだけど、「仕事を辞めた」から家を出たわけではなく、事前に相談もなく突然に「仕事を辞める」という大きな決断を夫が勝手に決めてしまったから、妻は自分とか子供の存在価値を夫の中に見つけることができないと感じて家を出てしまったのでは?と思います。

「あまりぼっち」のぼっちは「一人ぼっち」の略のことで、もともとはどこの宗派にも属さない、または離脱した僧侶「独り法師」が語源と言われているそうです。作品中では、組む相手がいなくて余ってしまった「ひとり」の状態のことを「あまりぼっち」と呼んでいました。

根本だ、人のためになっていると生きたければ、仕事をしなければならぬ。

通勤って、仕事をするために勤務先に通うことだよね。
私は、生きるための生活を維持していくために、仕事をしている。通勤電車のラッシュは過酷。あの人波と一緒に人間性までも根こそぎ持っていかれそうだ。
それでも、地下鉄の駅の階段を上って、青空が見えてくると『よし、頑張ろう!』って気持ちになる。

当初は、昨日の≪僕≫は、1日のある時点でオリジナルの自分(本体)から脱皮するようにして分離したもので、『JORGE JOESTAR(ジョージ ジョースター)』に登場する脱皮人間みたいな感じなのかな?と思っていました。でも、それじゃちょっと辻褄(つじつま)が難しいし、やっぱり二重人格とか、オリジナルの自分(主人公)の夢想の物語なのかな?とか。いや、そもそも、この物語自体が主人公網田和泉(あみだ いずみ)の夢の話で、実は網田和泉(あみだ いずみ)はまだ会社を辞めていなくて家族とも一緒に暮らしていて、でも、もしかしたら将来、突発的に会社を辞めてしまうようなことになるかもしれないという無意識の不安を抱えていて、そんな気持ちが夢になって主人公にSOSを知らせてくれていたんじゃないのかな?と思いました。

個人的な希望としては、あまりぼっち(昨日の僕)と本体(今日の僕)が入れ替わるエピソードも試して欲しかったかも!


目次 キミトピア YOUTOPIA


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ミユウ


posted by ミユウ at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞城王太郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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